生き方と脳の関係
ある食事の本の中にあった話です。 稲作が脳みそを育てたそうです。 最初この主張を見たときは、意味不明もいいところだなーと思ったのですが 読んでいるとなるほどと感じさせられるものでしたので、簡単に紹介します。 2000年以上前の狩猟時代、 マンモスをK.O.できる筋骨隆々の人材だけが幅をきかせている時代、 人とのつながりは薄い生活でした。一匹狼の男と女房子供たちって感じです 中国から稲作が伝えられると、 身体的能力の低い者でも、 毎日コツコツ稲につく害虫をとったり水を入れたり変えたりするだけで、 腹いっぱいで食いきれない量の食料を手にできる生活があることを知ります。 身体能力の低い者からしてみたら、理想社会がきたとでも感じたでしょうが、 今まで腹が減った時だけマンモスとって食っちゃねしてた者が、 毎日決まった時間に決まったことをみんなでやろうと言われたらどう感じるかは、想像に難しくない気がします。 稲作賛成派と反対派で争いがおこるも、 はじめて食べる高純度の炭水化物の甘味と中毒性に踊らされて協力せざるを得なくなり でも モンハン暮らしと比較したら、ありえんほど退屈で長時間労働ということもあり、 考え方が違うせいで争いが絶えなかった。 そのうち、争いの仲裁に入る人物が現れた。 頭(かしら)ですね 頭の言うことは守らせることに成功し、稲作の能率が劇的に上がった。 ※ちなみにこの生き方の確立が、日本人が長時間労働を善とする原点らしいです。 本来動物は、オスならオスとは、メスならメスとは、密接な協力関係を築くことが難しいように作られているようなんですが、 人間の場合「なんとしてでもお米が食べたい」という共通のゴールができたために、 本当はぶっ殺したいくらいむかつくアイツと笑顔で接する必要が出てきたため、 本能を抑えるため 仕方なく 本能を制御する部分の脳が飛躍的に成長した。 論理的思考能力というのは、 その過程で生まれていったもので 本能を抑えることが正しいことだと思えるよう「こじつけ」や 長期的な視野を持つために備わっていった みたいです 考えるというのは、 悩むことがあるから考えるというのが原点で、 現代でもそうですが、 人と協力して生きるという選択から逃れられない以上、 悩み...